2009年6月7日日曜日

ムーミンの思い出。

タシケント滞在中は全て中級クラス以上の宿を取った。
と言うのも、パッカーに名高い「アパの家」ではレギストレーションを発行してくれないし、その近くのハドラはレギストを出すと聞いていたが、これらの宿があるエリアはチョルスーバザールの近くというだけで交通の便はすこぶる悪い。

と言うことで、レギストレーションが出て交通の便が良くてフリーWIFIがあって快適という条件で吟味した結果、ベースの宿は「グランドオルズ」に決定。1泊45ドルなり。
グランドオルズ

まぁ、あの広いタシケントを彷徨ってネット屋を探したり、見つけたところで日本語表示も無くて極端に遅いボロボロPCに1時間1~2ドル払うことを考えたら、プロキシサーバーを迂回しててyoutubeも見れて、部屋で好きなときに好きなだけネットをする料金だと頭を切り換える。
しかもプール付き!!
グランドオルズ2

(滞在3日目にして激しい腹痛に襲われ24時間下痢が泊まらなくなったので、綺麗で独占できる部屋トイレが確保できていたのは結果的に正解だった)
 

1泊した翌朝、突然部屋の電話が鳴る。

ルームサービスも頼んでないぞ…と首をかしげながら「ハロー??」電話に出ると、
 
 「日本人ですか?」っと日本語が。
 「はぁ、そうですが何ですかね?」
 「おれムーミン。日本人が来から手伝うよ。両替する?とりあえず今から行くから。」
 「いや…おいおい…ってか、何でこの部屋って分かって…??」
  ガチャ。プープー。
  
スーパー怪しい…。宿の奴が俺を売ったか…。
ギャングだったらどうしよう…。ハードゲイだったらどうしよう…
と、部屋の中で何か武器になりそうなものは無いかと物色しているうちに、ドアがノックされた。
チェーンロックをかけたままそおっとドアを開けると、地味なジャケットを羽織った20代後半から30代前半の兄ちゃんが

「こんにちは。おれさっき電話した奴。ムーミン。なんでも手伝うよ。中入っても良い??」
 
悪そうではないもののうさんくさいオーラ満点。でもまぁ手ブラだし腰回りや胸のあたりにも不審なふくらみもないので招き入れる。(あっさり入れたんかい!)
よくよく話を聞くと、ムーミンは既婚の27歳。ウズベク国営テレビの記者ということ(これは後日IDとパスポートを確認したので間違いなさそう)だが、学生時代に日本語を専攻していて日本の企業の通訳もしている。

とにかくまずは両替がしたいらしいようなので、まずは100ドル託してみる。
レートは1ドル=1600スム。公定レートよりは良い換金率。(後日、バザールの闇両替では1780スムだったことが判明)

「え~100ドルだけ?まぁいいや。じゃあ両替行ってくる!」

車で走り去るムーミン。これで帰ってこなかったら授業料として諦めようと思っていたが、十数分もしないうちに戻ってきてばっちり両替終了。
100ドル程度ではトンズラしないのか。

「次はどこいきたい?何したい?」と、たたみかけるように聞いてくるので、
「ええい、毒を食らわば皿までよ!」っと車に乗り込み
「バザールに行け」「電車のチケットを買いに行こう」「飯はどこがうまいんだ」と散々に連れて行ってもらう。
チョルスーバザール


 あれこれ話していると、初対面のオイラを「オマエ」呼ばわりするけど、
「鳥のケツから出てくるヤツ(卵)食うか」と珍発言多く、なかなか陽気で良い奴そう。

 ムーミンは毎日午前中に現れて、午後1時過ぎになると
「おれ今から仕事で忙しい。」と去っていく。
 
 結局、タシケント滞在中はかなり頼りがいのある存在となっていたムーミン。  
特に金の無心をしてくることも無かったが、たまに寂しそうな目をしていたので20ドルは渡した。(ガソリン代は払ってあげてた。)

 そしてサッカーやら何やらを快適に楽しみ、日本人家族レオ君宅でヘロヘロに酔いつぶれて迎えた最終日。
 前日の約束通り朝6時半に迎えに来て、フラフラの僕を引きずって駅まで送り届けてくれた。
 最初から最後までうさんくささは消えなかったムーミンだが、彼が居なかったらサマルカンド行きの列車には到底乗れていなかった。
 
ムーミン

 ねぇムーミン。どうして君はそんなにボタンダウンのシャツが欲しかったんだい?
  






↓ワンクリックお願いします。
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

0 件のコメント:

コメントを投稿